
核磁気共鳴法(NMR法)
目次
原理
NMRの原理は、特定の原子核が外部磁場にさらされたとき、その原子核が特定の周波数の電磁波(通常はラジオ波)によって共鳴する現象に基づいています。
この共鳴は、原子核の周りの電子雲の配置に依存しており、そのため分子の構造や動きに関する情報を提供します。
実験手順
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サンプルの準備: 分析対象のサンプルをNMR用のチューブに入れます。
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NMR装置に挿入: サンプルをNMR装置の強力な磁場内に置きます。
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共鳴の誘導: 特定の周波数のラジオ波をサンプルに当てて共鳴を誘導します。
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信号の受信: 共鳴によって発生する信号を検出し、記録します。
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データ解析: 受信した信号を分析して、分子の構造や動きに関する情報を得ます。
解析例
NMRによるスペクトル計算の基本は、次の公式によりスペクトルのピーク位置(化学シフト)を求めることにあります。
ここで、は共鳴周波数、は核のジャイロ比、は物質のシールディング定数、は外部磁場です。
種類
NMR法による物質の構造解析には主に以下の2つの手法が用いられます。
高解像度NMR構造解析
高解像度NMR構造解析は、液体状態または溶液中の分子の原子レベルでの3次元構造を解析し、主にタンパク質や核酸、低分子化合物の研究に使われます。
固体NMR構造解析
固体NMR構造解析は、固体状態の分子の原子レベルでの3次元構造を解析し、主に膜タンパク質や繊維状タンパク質、無機・有機材料の研究に使われます。
特徴
NMR法の特徴は以下の通りです。
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分子の構造情報を原子レベルで得られる。
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マイクロ秒からミリ秒の時間スケールでの動的情報が得られる。
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単結晶化や高真空などの特殊な条件が不要で、生体分子の構造と動態を生体に近い条件下で研究できる。
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非破壊的に測定可能。サンプルを変化させることなく分析できる。
特に3つ目の特徴は他の構造解析手法、例えばX線結晶解析法や電子顕微鏡法と比較して大きな利点と言えます。
具体例
理化学研究所ではNMR法を応用してヤヌスキナーゼと呼ばれる酵素の立体構造を解明し、がん抑制に関与する新たなシグナル伝達経路を発見しました。
立体構造を決定する他の手法との比較
NMR法と関連する概念や用語とその比較を以下に示します。
X線結晶解析法
単結晶にX線を照射し、回折パターンから分子の立体構造を決定します。
NMR法とは異なり、結晶化可能な範囲の物質しか対象とならず、動的な情報を得ることは難しいです。
透過型電子顕微鏡法(TEM)
電子ビームを物質に照射し、透過電子や散乱電子の情報から物質の構造を解析します。
動的な情報を得ることは難しく、サンプルを非常に薄くスライスする必要があります。
クライオ電子顕微鏡法(Cryo-EM)
急速冷却によりサンプルを結晶化させ、電子顕微鏡で観察します。結晶化が困難な物質も扱え、解像度も高いです。
歴史と経緯
NMR法の発見は1946年、米国のフェリックス・ブロッホとエドワード・ミルズ・パーセルにより行われました。
その後、続々とNMR法の応用法が開発され、特に1980年代以降は2次元、3次元のNMR法が開発され、より詳細な情報を得られるようになりました。
問題点と課題
NMR法の問題点としては、一部の核種(特に水素、炭素、窒素、りん)しか観察できない点、高濃度のタンパク質溶液が必要である点などが挙げられます。
また、構造の規模が大きすぎると解析が困難になる点も課題となっています。
応用
NMR法は分子の構造や動的情報を得ることができるため、化学、生物学、材料科学などの広範な領域で活用されています。
特にタンパク質の立体構造解析では重要な方法の一つとされ、新薬開発や病態解明への貢献が期待されています。
また、固体NMRはバッテリーなどの材料開発にも用いられています。

